副腎疲労、自分の限界ラインを知る大切さ

運動大好きな人間が、運動どころか普通に歩くこともままならなくなる、この副腎疲労という奴は本当に困ったものです。

僕は幼い頃からとにかく走り回っている活発な子供で、学校ではバレーボール、バスケットボール、ホッケーなど色々なスポーツをやり、大学に入ってからはウエイトリフティングに熱中し、50歳になる手前まで続けていました。

ウオーキングも日課で、特にストレスの多かった日は夕食後に一人で静かに歩いていると、ストレスがスーッと静まっていくのを感じました。

ジョギングもジムのランニングマシーンで毎日のようにやっていました。でもこれは44歳で完全にストップせざるをえませんでした。

ウエイトリフティングを30年以上続けてきて、同じ重さを持ち上げているのにやたら重く感じたり、いつもと同じ回数やろうとしてもどうしてもできなくなったり、そんな日が少しずつ増えて来て、年だな~と感じていました。

でも周りの同じ年代の人を見ると、まったく衰えを見せず、いつもと同じようにひょいひょいウエイトを上げていて、「老いも個人差があるな~」などとのんきなことを考えていたのです。

そしてとうとうまったくウエイトを上げられなくなり、足を鍛えるレッグプレスもピクリとも動かすことができなくなったのです。そして階段を上ったり、普通に歩いたりすることすらままならなくなりました。

ものすごくまずい病気になってしまったのかと思いました。筋力がどんどん落ちて、最後には自分の力でしゃべることも食べ物を飲み込むこともできなくなるような病気とか。

wheelchair

ストレスによる副腎機能の低下が、身体、四肢にこんな明らかな症状を引き起こすとは、まったく考えもしませんでした。

ドクターAの治療を受けることになって、最初のカウンセリングでドクターのアシスタントが僕に質問しました。

「1マイル(1.5キロくらい)を10分以内で走れますか?」僕は笑うだけでした。

次の質問はこうでした。「道路を走って横切ることができますか?」「歩くのもやっとなんです。走るなんて無理です。」

この答えで、ドクターは僕の副腎疲労がどのレベルか、見当がついたようです。

ドクターは「副腎疲労の人も運動することは重要だが、どのくらい運動するかを間違えてはいけない。間違った運動をすると、副腎疲労を悪化させクラッシュしてしまう。私自身が何度クラッシュしたかわからないくらいだ」と言っていました。

「人の体は車のようなもので、スムーズに走らなければ車にダメージを与えてしまう。ガス欠状態でガクンガクンなったり、排気がうまくいかず悪いガスが充満していたりしては、スムーズに走れない。

人の体も、いろいろな臓器とシステムが、うまく同期してスムーズに機能していなければダメ。副腎疲労の体は、すでに燃料切れでエネルギーが残っていない状態だから、色々な部分で同時に機能破たんしている。」

old car

「多くのホルモンはバランスを崩して、その結果、エネルギーが出ず低血糖症に(ガソリンタンク内のガソリンがほとんど残っていない状態)。

神経質になって小さな事に異常に反応してしまうような緊迫感(ビビッてブレーキを何度も何度も踏んでしまうような状態)。

ブレインフォグ(スマホを見ながら運転しているような集中していない状態)。そして鬱状態(ブレーキが焼きついてしまった状態)。

体内のサーモスタット(自動温度調節器)は壊れてしまって、どんな小さなストレスでも副腎がクラッシュしてしまうような状態。」

「副腎疲労の重度の人が目指すべき所は、体内システムのバランスが取れ、ちゃんと連携し合っている状態にすること。

そうなれば、行きたいところに、何のトラブルもなくスムーズに運転していくことができる。そのためには、心と体の総合的なアプローチが必要で、食事、栄養、メンタル、体の各部の構成要素、ライフスタイルなどすべてが含まれる。

運動も重要な要素の一つで、適切に運動すれば、副腎が自らの機能を取り戻す手助けになり、エネルギーも戻ってくる。」

car repair

こんなふうに、例え話でわかりやすく説明してくれたのですが、当時の僕はあまり理解できていませんでした。

今まで病気になったこともなかったし、"副腎疲労"というのだから、副腎が元気になれば回復するのだろう、と単純に考えていました。

まあ、数週間、長くても数カ月で良くなるだろうと。それがこんなに長くなろうとは…。

ドクターに何度も何度も言われたことは「運動しすぎは絶対にダメ。自律神経を過剰に刺激するのはダメ。アドレナリンが大量放出されるようなことはダメ。」

でも人間って、体そのものより脳や記憶が勝るのかな…前はこのくらいのことできたんだから、という気持ちがあってついついやりすぎてしまうんですよね。

以前、とても簡単で軽いヨガをやっていて、自分にとってこれじゃ簡単すぎると思い、少しだけ自分をプッシュして難度を上げてしまい、それが引き金となってアドレナリンが出る心地よさを感じました。

僕はその心地よさは良い事だと思い、副腎が元気を取り戻しているのだと勘違いして、ドクターに報告したところ「それは良くないです」と言われたことがありました。

運動でアドレナリンが出るようなレベルまでやってしまうのはダメだということがわかっていませんでした。ドクターに、もっと軽いヨガにするように言われ、ガックリきたことを覚えています。

yoga

非常に簡単で軽いヨガを何カ月も続け、ほんの少しずつ難度を上げていく中で、エネルギーが徐々に上がってきているのを感じられるようになりました。

副腎疲労重症の人が言うところの「エネルギー」は、健康な人が言うところのエネルギーレベルとは全然違いますが、僕にとってみれば、ミクロレベルのエネルギーでも嬉しいことでした。

このミクロレベルでエネルギーを上げていく運動こそ、副腎クラッシュを起こさずに一歩一歩回復させていく重要なプロセスなのです。

とは言っても、これまでに何度「あーちょっとやりすぎた」と思ったことか、数えきれません。

ヨガをやっている最中、あるいはその後シャワーをしている時に「あー良い感じ」➝「でもちょっと手足がしびれるな」➝「体全体がだるくなってきた」➝「どっと疲れた」➝「エネルギーが全然残っていない」➝「横になりたい…」と目くるめく変調が起きるのです。

こういう経験を繰り返すうちに、自分のボーダーラインがわかるようになってきます。ここを越えたら、燃え尽きてしまうという一線です。

ほんの少しでもその一線を越えてしまった時には、もう時はすでに遅し。そこから引き返すことはできず、体は脱力状態で、その日の残りの12時間余りをゾンビのように過ごすことになってしまいます。

ソファにどっかり座り込んで、立ちあがるのはトイレに行く時と、なにか食べる時だけ。

最低の一日です。やり直すには、明日が来るのを待って、朝起きた瞬間から心してやり直さないといけません。

体調いいかも、気分がいいな、と感じる日は、数える位しかないのに(僕の場合は3カ月に1日くらいでした)、その貴重な一日を、自分のちょっとした慢心で運動しすぎて、無駄にしてしまったという大きな後悔の念に駆られ、静かに明日が来るのを待つしかない…そんな切ない日々の繰り返しでした。