どこもかしこも人、人、人

多分僕は、日本人の皆さんが日本で暮らし、仕事や人間関係で感じるストレスとは少し異なることを、ストレスと感じてきたと思います。外国人であるが故に感じるストレスが結構あるんです。僕の副腎がギブアップするほどストレスを与えたその要因についても、このブログに書いていこうと思います。

日本にやってきて20年以上経ちました。初めて日本に降り立った日のことは今も忘れません。成田空港から成田エクスプレスに乗って、新宿で降りたその瞬間、あの巨大な迷路のような新宿駅を、想像を絶する数のヒトがものすごいスピードで、ありとあらゆる方向にただ黙々と歩いている、その人混みの中で唖然として完全に止まっている自分。この人達はいったいこんなに急いでどこに向かっているんだろう。これほどの人が自分の周りをあっちからこっち、こっちからあっちと、ぶつかりもせず歩き去っていく光景に、その時の僕はとても興奮して、刺激が止まることなく押し寄せ、気持ちがピークに達していました。

shibuya

僕の故郷とはまったく違います。こんな数の人が一つの空間の中に所せましと集まり、一斉に動くのを見たのは、大きなコンサートの時か、全国規模のスポーツイベントの時くらいだし、それもそのイベントが行われている時だけ一時的に発生することで、催しが終わればその人達はあっという間に消えていなくなるのです。新宿駅ではこの群衆の流れが一日中、一年中続いているのだから、僕はもう圧倒されました。

続けて僕が感じたのは、人と人の感覚が狭い、というより殆どスレスレのところを人の足を踏んだり、ぶつかったりすることもなく、スピードを緩めずサーっと歩いて行くその見事なこと。どの人の顔も、ニコリともせず、目も合わせず無表情のまま、みんなが同じ髪型で、同じユニフォームを着ているのかと思わせるほど似たようなファッションで、ただ黙々と歩く。タラタラと歩いていたら、怒られそうなそんな緊張感に取り囲まれてしまいました。あの時から、僕は「ここではずーっと気持ちが休まらない、気を抜けない」という空気を感じ続けているのだと思います。

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20年以上経ち、人混みや人の動きのペースに慣れた今でさえ、「もう平気です」とは言えず、やっぱり何か“圧”を感じるのです。軽い閉所恐怖症のような、ちょっと脈が速くなるような感じです。

僕が生まれ育った小さな町は、とにかく空間が多かったのです。ダウンタウンにも、人がくつろげる広場や、広大な公園がたくさんあって、そこを人はのんびりと散歩したり、町で働くビジネスマンもゆったりと歩きながら、にっこりとリラックスした表情がそこここに見られました。

日本で、特に東京に住んでいると、どこまでも広がる空間を見つけるのは簡単なことではありません。「あそこに行くといいよ」と聞いて行こうと思うと、目的地をめざしてちょっとした日帰り旅行に出かけるような大げさな感じになるし、結局行きも帰りも満員の電車に揺られ、行った先も人ばかりという皮肉な結果に終わります。近所に、公園と呼ばれる場所はあるけど、それはどう見ても、小さな土の区画に木が数本植わっている場所、と言わざるをえません。僕が言う公園は、こんなんじゃないんです。全然ちがうんです。人間には、僕には空間が必要なんです。

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子供の頃、日曜日に父親がよく競馬に連れて行ってくれました。自宅から車で20分位のところにある地元のローカル競馬で、誰もいない観客席でのんびりハンバーガーを食べながら、馬が走るのを見ているのが大好きでした。日本に来て、知人の一人が東京にもいい競馬場があると誘ってくれて、僕は子供の頃の楽しかった競馬を思い出して、楽しみにしていました。

府中の駅から一方向に歩いていく大勢の人の流れと一緒に歩き、(こういう人混みはもう経験済み)競馬場に入ったところで、想像をはるかに超えたその規模と人の多さに、僕は完全に圧倒されました。「日本ダービー」の日だったのです。メインレースが近づくにつれ、ますます人は増え、僕は自分の足のサイズの四角形の地面から動くこともできず、前にも後にも左右も人、人、人。缶詰のイワシ状態で、あの息がつまるような閉所恐怖症のような感覚が再び襲ってきたのです。

完全に僕の許容範囲を超え、レースを楽しむどころか、10万人を超える人が、大声を出して競馬新聞を振り回す中で、僕はただひたすら早くこの場所から脱出することだけを考えていました。日本に来て2年目に経験した、人間地獄でした。今でもテレビの競馬中継で、会場を埋め尽くす人の頭を見ると、あの感覚がよみがえってきます。

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僕にとっては、人混み、満員電車、何かを待つ長い行列、とにかく異常な密度で人が押し寄せる状況が苦手で、ストレスに感じるのです。

今の住まいは、すぐ近くを大きな川が流れ、家から歩いてその河原に出ることができます。天気の良い日は富士山も見えるような所です。そこで風に吹かれながらゆっくりウォーキングしたり、草の上に座り込んで、時々犬を散歩する人に声を掛けられたりしながら、気持ちを解き放つ時間を取っています。

自分にとって何がストレスかがわかったら、それを取り除くこと、軽減することが副腎疲労を改善するためには必要なのです。

でも自分の努力ではどうしても取り除けないストレスもあるんですよね。

その話はまた次で。