椅子から立ち上がれなくなった 2016年冬 

2016年2月、僕がハワイで副腎疲労の診断を受ける1か月前です。もう本当に限界を迎えていました。年度末までの仕事を何がなんでも完了させなければ、という思いだけで、その気力だけで仕事に向かっていました。

この日も、8時間におよぶ集中研修の講師を務めていました。夕方になり、あと2時間くらいですべてのプログラムが終わるという頃でした。

突然、僕の体から、完全に力が抜けてしまいました。椅子から立ち上がることができなくなったのです。

lecture

僕は、この仕事を始めて18年くらいになりますが、仕事中はまず座りません。大げさに言っているのではなく、レクチャーやトレーニングをする時には、いつも立って、生徒の周りを動き回り、体を使ってアクティブにやるのが好きでした。だから、講義が終わると足はいつもパンパンになっていましたが、そんな足の疲れは翌日にはいつも回復していました。

でもだんだん立ちっぱなしがつらくなり、それが苦痛に変わってきて、立ち続けていることがどうしてもできなくなっていました。ドリーはいつも言ってくれました。「ずっと立ってる必要はないよ、先生が座ってたって、生徒の立場から言うと何とも思わないから」

僕自身、座ってやったことがないので、とても変な感じではあったのですが、この日の研修は、立ったり座ったりしながらやっていました。

speaker

立とうという意思があるのに、自分の体からすっかり力が抜けてしまい、どうしても足が立たない。まったくエネルギーが残っていないことが信じられませんでした。まるで、何かに体中のジュースを吸い取られてしまったような感じでした。

腕、肩、お腹、腰、基本的に体のどこもかも重く感じました。 顔、ほっぺ、目までもが重く、重力に引っ張られて、下に下がっていくような感じさえしました。

立ち上がろうとしても、まったく膝が伸びず、腰が浮かない、僕は内心うろたえていましたが、表に出さないように、そのまま椅子に座って講義を終えました。

受講者が部屋からいなくなって、僕は腕に力を入れて体を支えてゆっくりと立ち上がり、荷物をまとめて、歩く力もなく、タクシーに乗り込んで帰宅しました。

この日が、僕がフルタイムで(終日)仕事をした最後の日になりました。2019年の1月の今、あの日からまもまく3年になろうとしていますが、僕自身がセミナーやトレーニングを担当した日を数えてみたら、たったの28日でした。どうしても断ることができなかった仕事だけやったのですが、その28日の仕事も、もうギリギリでした。最後までできるか、不安な気持ちを抱えたまま、教壇に立っていました。

体調が良くなって来た今、僕はドクターに今ならどのくらい働くことができるか尋ねると、1日に2時間と答えてくれました。でも2時間働くと、その後、充電に数日を要するとも言われました。まだ全然ダメだ!

no work

僕はいまだに、ドリーと自分自身を支えることができません。 副腎疲労なんて病気じゃない、とか言っている人は、これを体験してみて欲しい。バリバリ仕事をしたいのに、まったく体がついてこない。わかりますか?

このブログでも何回か書きましたが、僕が普通の会社員だったらと思うと、怖くなります。露頭に迷います。家賃や住宅ローンも払えない、車のローンも払えない、子供がいたら学費も払えない、僕は働けないのだから。全部失っていたでしょう。

今の医学は、こんな大変な状況に追い込むこの副腎の状態を、病気と認めていないのです。いつか、病気と認識される日がくるのでしょうか?

僕のような副腎疲労に悩む人が、こうして経験談や克服のプロセスを語ることで、もっとこの病気が研究されて、回復の道が開けることを願います。